"雛森桃"は死んだ。



最後の最後まで一人の少年のことを思いながら。 息を引き取った直後の彼女は、まるで眠っているようだった。 口には淡い微笑を浮かべていて、それまで感じていた苦痛など微塵も感じさせない。

それが、余計にまわりの涙をさそう。

最後に少女の名を呼んだ少年は、最後まで涙を流さなかった。 何も言わず、ただ彼女の傍に佇んでいる。何を考えているかなんて誰にもわからなかった。

悲しさも痛さも彼と共有できるものではない。なによりも大切にしていた少女を失った幼い少年に、声をかけるものなど誰もいない。 きっと悲しさも痛さも彼が一番多く受け取ったのだろう。それは心に強く強く消えずに残り、ふとした拍子に彼に痛みを与え続ける。 忘れようとも癒そうともせずあたりまえのように少年はそれを抱え込む。


記憶に残る彼女はいつでも笑っているのだ。最後の最後まで絶やさなかったその優しい笑みは酷く簡単に、鮮やかに目に浮かぶ。 時と共に移り変わる世とは別に、いつまでもそれだけは薄れることなく。 彼には癒す必要なんてないのだ。忘れなければいい、その痛みも優しさも最後の瞬間の指先のあたたかさも。 それは彼女が最後にのこしたものなのだから。





傷が痛むそのときは、

(目を閉じて彼女を想う)(彼女が生きていたという一つの証)