やさしいせかい
泣くことはずっと昔からやめてしまっていて、やっぱり今回も涙は出なかった。
生きていて一番辛いことのはずなのに。今まで一番恐れていて、できることなら一生こなければいいと願っていたことなのに。
ただ頭の奥が鈍く痛んで彼女の死を悲しむ。
救えなかった。護れなかった。
最後まで彼女は助けは求めなかった。意識が朦朧としている彼女は淡く微笑んでいて、視点の定まらない目はぼんやりと宙を彷徨う。
もう自分に出来ることなど何もないと知った。
せめて最後まで傍に居てあげようと震える手を額にそっとのせ、自分は此処にいると伝える。
彼女の唇から漏れた声は掠れて言葉になっていなかった。それでも、口の動きで自分を呼んでいることがわかった。
ありがとう、ただ空気を漏らすような小さな小さな声。何も出来ない自分が歯がゆく、ただ唇をかんだ。
彼女がそっと目を瞑ると、睫毛が影を落とした。
ゆっくり、ゆっくり、弱弱しくなっていく呼吸で終わりが近づいていることに気づいた。
触れていた手を涙で濡れた頬へと滑らせ、できるだけ優しく撫でる。薄く開いたままの口へ自分の唇を近づける。
そっと一瞬だけ触れて、すぐに離れた。
自分にとって最後の口付け。
あまいゆめをきみに
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