ちいさなせかいのおわり



どうしてこんなにも涙がでるんだろう。


あたしは自分なりに精一杯やって、そのおかげで部下の子も助かったのに。 さっきまで泣きそうな顔、いやもう泣いていたのかもしれない。 顔を真っ赤にしてくしゃくしゃに歪めて、ごめんなさいごめんなさいとかすれた声で謝り続ける彼女に、いいんだよと言ってあげたかった。 謝らなくていい、あたしはやるべきことをやったんだから、後悔なんてしていないんだから。


卯ノ花さんと周りの人の会話で、だんだんと終わりが近づいていることがわかった。 お気の毒ですが、という卯ノ花さんの冷淡な声。いや、と悲痛な声で叫ぶ部下の女の子。


それはまるで他人事のようにあっさりと耳をすり抜けていった。 生きようと泣き叫んでもがく気にはならなかった。 血の抜けすぎた体にはまったく力が入らず、 無理矢理あけた視界は酷くぼんやりとしている。

それはもう機能を止めようとしている壊れかけた身体のせいかもしれないし、ぼろぼろ流れる涙のせいだったのかもしれない。 ただ、止まらなかった。煩わしくて腕で拭おうとしたけれどそれすらできなかった。


ああ、最後は笑って死にたかったのに。いままでありがとうってみんなにお礼を言って。 でもそれはできそうにない。そんな力は何処にも残っていない。

あたまに浮かんだのは幼馴染みの彼。

最後に一度、一目、会いたい。 きっとあったら死にたくなくなるし、涙はもっともっと流れるだろう。もしかしたらこの涙は彼に対してかもしれない。 自分がいなくなったら彼は悲しんでくれるのだろうか。 どうせならさっさと忘れてしまってもいい、とにかくしあわせになってほしかった。あたしは沢山幸せをもらったのだから。


指先も足も感覚がない。さっきまでぼんやりとは見えていた視界。白く濁って、大体の輪郭しかわからない。 これじゃあ彼にあってもわからないかも。もうあのまっすぐで綺麗な目はもう見ることができないのだと悲しくなる。



不意に額につめたいものがふれた。目を凝らしてみても、もうかたちをうつしてはくれなかった。 見えないけれど、でも、その感触には覚えがある気がした。落ち込んでいる時。泣いている時。後悔している時。 いつもいつもあたしを支えてくれた手。

無理矢理口を動かし彼の名を呼んだ。 喉から出た声は酷く掠れていて、聞き取れないだろうなあとちょっと悲しく思う。 それでもありがとう、と口を動かし続ける。見えないけれど、この手はきっと彼だ。 優しい手のひらを感じながら、そっと目を閉じた。ぼんやりとした白い世界を遮断する。


死にたくない。まだ此処に居たい。


きっとそんなことは無理で。 今まで目の前で息を引き取って逝った人も、みんなこんな感じだったのだろうか。 あたしにはまだほんの少しだけ時間があるらしいけれど、もう口も動かせなくなった。 ただじっとその時を待っている。まだわずかに機能していた耳から、言葉が聞こえた。



もも。



あたしの名を呼ぶ優しい声。
柔らかく愛しむように頬を滑る優しい手。


一瞬、唇に何かが触れた。



ああ、これでもういい。あたしは、










しろいせかいのなかで

(さいごのさいご)(その優しさが救いだったのだ)