あれから数週間。





なんとなく気まずい、というか恥ずかしくて、あたしは十番隊に行くのを避けていた。
自分から会おうと思わなければ、偶然に会うことなんて滅多にない。
あらためて、自分の一方通行だった想いに悲しくなった。

あたしが彼に会いたいと思っても、彼はそうではないのだ。
むしろ会いに行かない方が彼は仕事がはかどっているかもしれない。
会えば幼馴染として接するけれど、会わなくても別に気にならない。
思えば、彼のほうから会いにきてくれたことなんて、ほとんどなかった。

好き、というあの台詞はきっと聞き間違いなのだと思い込むことにした。
勘違いして一人で空回りするのは嫌だ。



「…え?」

「隊長か副隊長でなくてはいけないんだ。
 でもどうしても抜けられない用事があって…」

すまないけれど頼むよ、そう言って手渡されたのは、数枚の書類。
いつもなら進んで引き受けるが、今日はそれもできそうにない。
あちこちの隊に配らなければいけない書類の中に、当然のように十番隊宛のものもあったから。
行けば、彼に会ってしまうだろう。

「わかりました…」

出来ることならば行きたくないのだが、これも仕事。
それにいつまでも避けて生活できるわけではない。
苦笑いをしながら、書類をぎゅっと握った。




「…失礼しまーす」


そろそろと戸を開けた。
そこに彼の姿はなく、あるのは彼の副官がのんびりとお茶を啜っている姿だった。
日番谷がいなくて安心したような残念な複雑な心境で、雛森ははあ、とため息をついた。

「雛森、どーしたの?」

「えっと、これ…」

書類を手渡すと、ああ、といって乱菊さんは書類を日番谷くんの机の上に放り出した。
日番谷くんは、だいたいは十番隊の執務室か隊首室にいる。
乱菊さんがいるのに彼がいないのは珍しい、思わずまわりをきょろきょろと見回した。
彼がいないことなんてわかっていたのに。

「あんた…隊長と何かあったの?」

乱菊さんは心配そうな顔で、尋ねてきた。

「さっきまでいたんだけど…いきなり出て行っちゃったのよ」

「いきなり…?」

いきなり、といってもそれなりに理由があるはず。
突然出て行った理由は、充分雛森には思い当たることがある。

「あたしが、きたからですよね?」

「…ええ」

言いづらそうだったけれど、それでもはっきりと乱菊さんは肯定した。
なんで、どうして。

避けるようにしたのはあたしから。
それでも辛かった。
元に戻れなくて、ただの他人のような関係になってしまうのでは。
それが一番怖い。

「…失礼します」

「多分近くにいるわよ」

部屋を出て行く間際に乱菊さんがぽつりと言った。
ありがとうございます、とお礼を言ってから、急いで走り出した。


「日番谷くん」

今の関係のままでもいいから。
もう何も望まないから、あたしのことなんか好きじゃなくてもいいから。


傍に居ることぐらいは。








「日番谷くん!」


暫く走り続けて、彼を見つけたのは十番隊の隊舎の上。
霊圧を消していたので居場所がすぐにはわからなかった。

彼はあたしを見て一瞬びくりとなったが、すぐにいつものふてぶてしい態度に戻った。
なんでもないような顔をして、話しかけてくる。

「…雛森、どした?」

「…さぼっちゃだめだよ」

見つけたのはいいが何を言おうとしていたのか、すっかり頭の中から消えてしまっていた。
苦し紛れに言った言葉に、「お前もだろ」といって彼は笑った。
悪びれる様子も無く憎まれ口を叩く彼は、いつもと何も変わらない。
あたしを避けたことも、この前のこともまったく意識させない顔で。

「…なんで、此処にいるの?」

「ちょっと休憩だよ、休憩」

嘘だ。いつもは仕事が全部終わるまで、隊首室は出ない。
ちょっと、なんかじゃない。
あたしは暫く探して走ってたんだから。

あたしはどうすればいいのだろう。
彼の作った話に乗るか。
そうすれば、今までどおりの関係に戻れるのかもしれない。

座ったままの彼に近づき、隣に並ぶ。
何か言ってくれるかと思ったけれど、彼は無言だった。

辛そうな日番谷の顔を、思い出した。
どうして辛そうだったのか。目を伏せたのか。
わずかだが、頬が赤くなっていたのか。

元に戻ろうと思えば、きっとまた同じ関係が続く。
こんな気持ちを抑えたまま普段どおりに接することが出来るだろうか。
思い込みでもいい、彼が少しでもあたしのことを想っていると信じたかった。


「…好きだよ」

「はぁ?」

何だよいきなり、と日番谷くんは訝しげな顔をした。
いつものことだ、と流されるだろうか。

「好き」

幼馴染みとしてなんかじゃない。家族なんかじゃない。
どうすればそれが伝わるのか、わからなかった。

「…ああ」

「好き」

あたしが言い続けるうちに、日番谷くんは、少し傷ついたような顔をした。
そんな顔、させたくないのに。

どうして彼の傍に居たいのか、どうして彼が好きなのか。
よくわからなかった。

『好き』という言葉だけでは、もう何も伝わらなかった。
普段からその言葉を彼に使っていたから。
幼馴染みとしてだと流されることがわかってから、使うことに抵抗もなかった。


「ねえ、あたしは、ずっと…」


今あたしはどんな顔をしているのだろうか。
目の奥が熱くなって、じわりと何かが込み上げてくる。
泣くことはしたくなくて、ぎゅっと唇を噛み締めた。

「…やめろよ」

感情を押し殺した日番谷の低い声が聞こえた。
顔を上げると、日番谷は怒っているような、不機嫌そうな顔をしていた。

「ひつがや、くん…?」

いつもは無表情な顔で、あたしの気持ちなんか全然気にしてなくて。
どうしてこんな表情をしているのか、わからなかった。

「ねえ、やめろって、なにが…」

「俺は…っ!」

辛そうに何かを訴えようとしたその言葉は、途中で止まった。
なんだ、と思って顔を近づけた瞬間。
日番谷くんにいきなり腕を引かれて、バランスを崩した。


不安定な屋根の上、体勢を立て直すことも出来ない。
そのまま倒れて日番谷くんに抱きしめられるような格好になった。
日番谷くんの肩越しに、綺麗な空が広がっているのが見えた。
しかしそれをのんきに見ている場合ではない。

「ちょっと、日番谷くんっ」

必死に逃げようとするがしっかりと抱きしめられていて、身動きが取れなかった。
何がなんだかわからず呆然としていたところに、日番谷が耳元で呟くように言った。

「…わかってるから」

「…へ?」

「幼馴染みとして、家族として。そんなんわかってんだよ」

彼が何を言っているのかわからない。
どうすればよいのかわからなくて、そのままじっとしていた。

「俺は、お前が好きで。言うつもりなんかなかったのに。
 いい加減、辛いんだよこっちも」

顔がだんだん火照ってくる。
何か喋ろうと思うのだが、頭も口も上手く動かない。

反応を示さないあたしにどう思ったのかはわからない。
ただ一言、


「今だけ、だから…」


と切なそうに呟いて、それきり黙りこんでしまった。













次は日番谷視点に戻りますー。
無駄に長い…!(汗