「や…」


微かに聞こえた声で我に返り、日番谷は慌てて雛森から体を離した。

ぽろぽろと、雛森の目から大粒の涙が流れる。
日番谷はそれが抱きしめられたことへの嫌悪感だと思い、思わず息を呑む。

「悪ぃ…」

俺が悪かったんだ。雛森は幼馴染みとしか、弟としか思ってなかったのに。
勝手に好きになったから。
これでもう傍に居ることも出来ないのか、そう思うと少し悲しいけれど、それもよい気がした。
傍に居るのは居心地は良かったけれどどこか辛かったから。

弟、幼馴染み、その扱いを受けるのがどうしようもなく嫌だったのだ。
それを甘んじて受け入れたのは自分だ。
それなのに、自分は彼女の信頼を裏切ったのだ。

「ごめん」

謝ることしかできない。
結局、俺は弱いままだ。我侭を言って大人を困らせる子供。
自分のことばかりで周りを見ていない。

「もう、近づかないから。触らないから。好きなんて言わないから」

だから泣くなよ。目を伏せた日番谷に、雛森はぽかんと口を開けた。
相変わらず目からは涙が流れているが、それを気にする様子は無い。
ただ、日番谷の言葉を加味するように、口元に手を当て目線を下げた。

雛森の言葉を待つ。死刑宣告を受ける囚人のようだった。
傷つけたくは無かった。泣いてほしくは無かった。
彼女は何も言わない。ただ時が流れる。

「じゃあ、な」

その場の空気に耐えられず、日番谷はその場を去ろうとした。
また逃げるのか、頭の中で声が聞こえた気がした。


振り向いて、歩き出した瞬間、雛森は日番谷の羽織の裾を掴んだ。
頬を伝う涙がぽたりぽたりと屋根に落ちる。

「…なんだよ?」

泣き止めよ。そんなことは言えなかった。泣かせたのは自分。
嫌なら止めなきゃいいのに。
無理だよ、俺は今までどおりは出来そうに無いから。

雛森は拳が白くなるぐらい強く裾を握って離さない。
頑なで、幼い子供の我侭のようだった。

「…行かないでよ…」

「だから、俺は」

もう無理だ、そういいかけた日番谷の言葉を雛森が遮る。

「好き。ねえ、日番谷くんはあたしがすきなんでしょ?」

確認のような問いかけ。ただ無言で日番谷はうなずいた。

「好きだ。お前が幼馴染みとしか見てないってのは知ってたから、どうこうするつもりはなかったけど」

「へ…?」

「聞かなかったことに、なかったことに、できねえか?」

最後の願い。元に戻るにはきっと時間が必要だけど、それでも。
離れるよりは想いを隠して傍に居られるほうがいい。

雛森は、首を横に振る。
涙はまだ止まっていない。いつまで泣くのだろう。俺が離れるまでか。
こんな想いで、傍に居たら迷惑か。想うだけでも駄目なのか。
後悔なんて、いくらしても意味が無かった。

「いや…いや、だよ…」

耳を澄まさなければ聞こえないほどの微かな声だったが、日番谷には届いた。
それで、もう無理だと思った。そうかと何とか答えを返し、今度こそその場を立ち去ろうとした。

「おい…」

しかし雛森は手を離さない。
裾を掴んでいる方とは反対の手で、目をこすり涙を拭う。
その後何かを決意した顔で、日番谷をじっと見た。
その真っ直ぐな目は居心地が悪くて、日番谷はふいと目線を逸らす。

「…ねえ」

日番谷くん、と呼びかけた後、雛森は襟元をぐいと引き寄せる。
そのまま、驚いて固まっている日番谷に顔を近づけ、唇をそっと合わせた。

何度も、何度も。幼い子供のするような、軽い口付けを繰り返す。

暫くその行為を続けた後、雛森は顔をはなした。
呆然としている日番谷の目をしっかりと見て、自分の想いを告げる。

「好き」

「幼馴染みとしてなんかじゃなくて、」

「好きって言ってくれて嬉しかったのに」

「どうしてなかったことにしなくちゃいけないの?」

「ねえ、」


体中の水分がなくなってしまうのではないかと思うくらい、雛森は泣き続ける。
引き攣った声は出さず、ただ静かに涙を流すのはいつものことだった。
震える声で、それでもはっきりと雛森は言い切った。

最後まで聞く前に、自分は何を思っていたのだろうと日番谷は自分に呆れた。
彼女のことを考えもせず、自分の考えを押し付けてしまっていたことに、今更気づく。
ずっと前から彼女は、自分に想いを伝えてくれていたのだ。


「同じでしょう?日番谷くんの『好き』もあたしの『好き』も」

不安げな声で聞く雛森を腕の中に閉じ込めた。
驚いたようだったが、抵抗は無い。
顔が火照ってくるのも、こんなに嬉しいのも随分久しぶりな気がする。

「…同じ」

彼女はもう、涙を流してはいなかった。
抱きしめているせいで顔は見えなかったが、きっと笑っている、と思った。
少し体を離し、彼女の顔を見る。
涙のあとが残っていたけれど、それでも確かに幸せそうに微笑む。
恥ずかしそうに、袖をぎゅっと握る雛森が本当に愛しいと思った。


「好きだ」


耳元で囁き、今度は自分から雛森にそっと口付けた。
幸せを噛み締め、ふわりと二人、微笑んだ。














隣にはいつも、

















無駄に長くなったので、三つにわけました。
…読みにくくてスイマセン。