「俺も好き」
その場に痛いほどの沈黙が下りた。
口に出してからその重大さに気づき、はっと息を呑む。
(…俺、今何言った!?)
そう、口が滑った、それだけなのだ。
「へ…?」
雛森は俺の言ったことを理解できないようで、ぽかんと口を開けて驚いていた。
俺が悪いわけじゃない。
あいつが、「好き」って五月蝿いから。
あいつの「好き」が俺のあいつに対するものと違うっていうのは、ちゃんとわかってたんだ。
わかってた、だから。今までは適当に流して、誤魔化してたのに。
口が滑った。そう、それでしかない。
ちょっとぼんやりしていて、あいつの言葉を深く考えなかったのだ。
ただ「好き」といわれたから思わず「好き」と返しただけで。
好きだったのは本当だけど、言うつもりなんか全然なかった。
幼馴染みとしてでしか傍にいられないのなら、今のままでよかったのだ。
報われない思いを伝える必要なんか、何処にもないのだから。
言ってしまったら、もう取り消せない。
とりあえずこの場から逃げなければと思って、急いでその場から立った。
雛森が我に返って困っている間に、用事あった、と言って逃げた。
いつもならもっと上手い言い訳を思いつくだろうに、なぜか頭が上手く働かない。
やばい。雛森が追いかけてくるとは思わなかったが、それでも急ぐ足を止めなかった。
顔が熱いのも頭がくらくらするのも、あいつのせいだ。
暫く時間を稼いでから隊首室に戻った時、そこにはもう雛森はいなかった。
当たり前だ、と思いながらも少し胸が痛んだ。
あの台詞をどう思ったのかは知らないが、雛森は最近会いに来なくなった。
いつもなら彼女の笑い声が聞こえてくるのに、今はしんとしていて静かだ。
五番隊へ書類を届けるのは、他の隊員に頼んでいる。
十番隊への書類はいつも雛森が届けに来るのに、それがなくなった。
しばらく会わなくなってはじめて、会う意思がなければまったく会うことがないことに気づいた。
今までは、ずっとあいつが会いにきてくれていた。
なんだかんだいって仕事は手伝ってくれていたし、体を心配して忠告してくれていたりもしたのだ。
気づかないうちに、随分と世話になっていたものだ、と今更になって知った。
数日経っただけで松本はそれに気づき、「喧嘩でもしたんですか」とたずねてきた。
喧嘩ではない、と答えるとまだ納得していないような顔で、それでもそうですかと言った。
何も詮索してこない聡い自分の部下に感謝した。
今まで会えていたのはあいつがわざわざ尋ねてきてくれていたからなのだ。
あいつがいないと身の回りが静かで、何かが足りない、と思う。
仕事の邪魔、と憎まれ口を叩いていたくせに、雛森がいなくなっても仕事を進める速さは変わらない。
いや、むしろ遅くなっている気もする。
静かでやりやすいはずなのに、気づけばぼんやりとして雛森のことを考えてしまっている。
あのとき、誤魔化そうと思えば、何とかできたはずだ。
幼馴染みとして、とか家族として、と言い訳をして。
それができなかったのは、どこかで彼女に想いが伝わることを望んでいたから。
可能性がないことは知っていたのに、それでもどうにかしたいと思っていたらしい。
「何やってんだ、俺…」
自嘲して呟いた言葉は、静まり返った隊首室の空気に吸い込まれていった。
絶対に言ってはいけなかったのに。
今の関係を壊さないように、傍に居られるようにとずっと気をつけていたのに。
今俺がしなくてはいけないのは、その感情を伝えることではなくどうやってあれを誤魔化すかだ。
言い訳を思いついたら、彼女に会いに行こうと思った。
また、自然に笑い合えるように。
彼女をくだらないことで悩ませたりしないように。
切ないのも苦しいのも、自業自得。
伝えることよりも傍に居ることを選んだのは自分なのだから。
大きく息を吸って、気持ちを全部押し込めた。
「俺も好き」
彼の普段と何も変らない声を聞いて、あたしは自分の耳を疑った。
今、彼はなんと言った?
じりじりと火照ってくる顔を誤魔化し、何とか冷静になろうとした。
「え…っと…」
とりあえず何か言わなければいけないと必死に頭を動かす。
だが震える唇から出てくるのは意味を成さない言葉ばかりだった。
日番谷くんはそんなあたしを見て、少し目を伏せた。
「用事があった」
そう一言残して、すたすたと出て行ってしまった。
追いかけることは出来なかった。
彼の顔が赤かったのは、少し傷ついた顔をしていたのは。
きっと見間違いなんかじゃない。
顔が熱くなったまま元に戻らない。
暫くぼうっとしていると、だんだんと頭が冷えていった。
好きとはどういう意味だろうか。
きっと幼馴染としてで、あたしが望んでいることじゃない。
あたしは彼が好きで、どうしようもなくて。
誤魔化すことはできず、勝手に期待してしまいそうだった。
あれはきっと、あたしと同じ感情じゃなくて。
家族とか幼馴染みとしてだ、と自分を納得させようとしたが、無理だった。
切なくて苦しい。こんな想い、彼は知らない。
伝えないままで、知らないままでよかったのに。
気づかなければよかった。こんな気持ち。
ただ辛いだけなのに、
口が滑ってついうっかり…ってありますよね。
雛森は「日番谷くん好きー」とかいっつも言ってたんですよ。
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