遣らずの雨 「あれ、雨降ってる…」 先ほどまではすっきりと晴れていたのに、今は鼠色の雲に覆われている空。 雨音はなく、閑散とした世界が窓の外に広がっていた。窓を開けてみる。 ひんやりとした空気が肌を覆い、外へ出るのを躊躇わせる。 静かに降り続ける雨をみつめていると、後ろから声がかかった。 「傘持ってきてねえの?」 「うん…。天気予報では降らないって言ってたのになあ」 「雛森」 「なあに?」 振り返ると同時に手を引かれた。彼は床にぺたりと座り込んだまま何かの雑誌を読んでいた。 先ほどまで目を通していたそれから目を離し、彼はこちらに視線を移す。自然と見上げられる形になる。 「すぐ止むだろうし、もう少し居れば」 「…そう、だね」 寒いのは好きではない。雨が止むまでは此処にいようと、日番谷の隣に腰を下ろす。 とん、と背中合わせに座ってみる。じんわりとあたたかさが伝わってきた。 こういうとき、雛森はなんとなく幸せだなあと感じる。 友人同士のように楽しい話をするわけでもないし、恋人同士のように触れ合うわけでもない。ただ寄り添っているだけ。 目を瞑ると眠ってしまいそうだったので、必死に目を開けていた。 せっかく傍にいるのに意識をなくすのは惜しい気がして。ぱちぱちとゆっくり瞬きを繰り返す。 「雛森」 「んー?」 なんだか凄く眠い。雨が降っているからだろうか。背中の温もりのせいだろうか。 きっと両方だと雛森は思った。 「こういう雨、なんていうか知ってるか?」 「…なんだろ…?わかんない」 「遣らずの雨」 「やらず…?」 聞いたことがあるような、ないような。 どういう意味だろう、いくら考えても答えは出そうになかった。 少しの間沈黙があって、かさかさと紙がこすれる音が聞こえる。 ああ、瞼が重い。彼が何か言っているのはわかるけれど言葉として伝わらない。 どこか遠くで響いているような声は心地よく、子守唄のように感じた。 結局"遣らずの雨"の意味はなんだったのだろうと頼りにならない頭で考える。 日番谷は教えてくれていたのかもしれないのに、と少し申し訳ない気持ちになった。 後でもう一度教えてもらおう。背に感じるぬくもりはかわらずあたたかい。 雛森はどこか満ち足りた表情で、そっと目を閉じた。 背中からすうすうという穏やかな寝息が聞こえてきた。 起こさないようそっと体をひねって、顔を覗いてみる。日番谷は目を細めた。 笑っているような寝顔はとても穏やかだったから。 雨は止み、窓の外は夕暮れの赤に染まりはじめていたが、雛森を起こそうと思わなかった。 相変わらずだな。声には出さずに呟き、日番谷も目を閉じた。 (ただ傍にいるだけの) |