「嘘…だろ」
痛みは、感じなかった。
体から力が抜けていって、立っていられなくなった。
自分の体から、一気に血が溢れた。
どん、という音。
ばらばらと、氷が崩れる音も重なる。
どん、というのは自分が倒れる音で。
指先からだんだん感覚が無くなっていくのが分かった。
氷の冷たさも、不思議と苦痛には感じない。
意識だけは失くさないようにと、鈍くなっていく頭を必死に動かした。
雛森は、すぐ傍で血まみれになっていて。
口は、驚愕を表し開かれたまま。
瞳は絶望を映し、見開いていた。
躊躇うことなく貫かれたらしい体はぴくりともしない。
どうして、こんなことに。
彼女はいつも、笑っていた。
死神になる、と言ったときにも笑っていた。
穏やかな笑みが浮かべていたれど、その決意は固かった。
素晴らしい人に会った。その人の下で働けることになった。
笑顔で俺にそう言って、だんだん離れていく彼女を、必死で追った。
実際にそいつにあった時、俺はこいつなら大丈夫、と思ったのだ。
そのとき、俺は表面しか見ていなかったのだろうか。
雛森は、ただ憧れていただけだ。
藍染の役に立ちたい、傍にいたいと、それだけで副隊長にまでなったのに。
良い部下をもてて幸せだね。
あの言葉は、俺と自分、どちらに向けて言ったのだったか。
今までのあいつの言葉は、全て偽り。
穏やかな口調も、柔らかい物腰も。
自分の倒れている位置からは、彼女は見えない。
ただ、あの痛々しい場面を思い出した。
どうして此処まで真実は残酷なのだろうか。
あいつが死んだだけだったら、と在り得ない仮定を思う。
それでも雛森は傷つくに違いないけれど。
此処まで、傷つくことはなかっただろう。
藍染に会えて、雛森は嬉しかったんだ。
深く物事は考えず、あいつの嘘をそのまま受け入れたに違いない。
気づかなかったのは、現実を見ていなかったのは自分だ。
どうしてあいつ一人の欲望のために、雛森が。
怒りはまたすぐに込み上げて来た。
体が、動かない。
悔しい。
此処まで自分は弱かったのだろうか。
無力。
どうして一番大事なものを守れないのだろう。
隊長としての地位も名誉も、いらなかったのに。
遠くから霊圧が近づいてくるのを感じた。
堪えきれず意識が飛ぶ寸前、頭に浮かんだのは、いつものあの笑顔だった。
誰に対しても向けられる、無防備な優しい笑み。
「も、も…」
無理矢理口を動かし、彼女の名を呼んだ。
名を呼んだのは、何の為だったか。
意識をなくさないよう、彼女に届くように。
届かない言葉を、ただ繰り返し呟く。
最後に瞼に焼きついたのは自らの薄氷の白。
鮮やか過ぎる彼女の赤。
170話、藍染にやられた瞬間…です。
この後一回目がさめて、傍には勇音さんがいて。
動かない雛森をみて辛そうな日番谷くん…という妄想なんですが、書ききれない(汗
それも書くかもしれません…。
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