何時からだろう。

あんなにあいつが遠くなっていたのは。



















ギンは、不思議なヤツだった。
治安の悪い土地で、自分の分の食べ物を確保するだけでも大変なはずなのに、あたしを拾って。
食べ物と、衣服と、住む場所を与えた。

生まれた日など知らないと言ったあたしに、勝手に誕生日を決めた。




行ってくるとは言わず、行き先も告げず。いきなりふらっと消えるギン。
もう帰ってこないかもしれない、そう思ったときに、ひょっこり帰ってくる。
初めのうちは気にしていたが、そのうちほうって置くようになった。
怒っても、泣き叫んでも、変わらないと思ったから。


あたしは別れの言葉も再会の言葉も言ったことがない。




霊力なんて、必要ないと思った。
霊力がなければ飢えることはないし、空腹で体が動かなくなることもない。

ある日。
ギンがいつものように出て行って、数ヶ月。
食料は底をついた。

(こんどこそ終わりかなあ…)

もう動く気力もなくなり、床にそのまま横になっていた。
水はまだ少しあったが、水を飲むために動く、というのも面倒だった。
簡素な作りの小屋は、外の音が良く聞こえる。


ひゅうひゅう、という風の音。
外からは風の音しかしなかった。

床を伝わって、頭に直接音が響く。


ふいに。
強い風の音に混じって、ざ、ざ、という地面を掠れる小さな音が聞こえた。


「乱菊」


あたしの名を呼んで家に入ってきたそいつは、両手いっぱいに食べ物を持っていた。
「ただいま」なんていわない。
一言、食べ。と言った。初めてあった日のように。

あまりにあっさりとしたその態度で、昨日も、ずっといたような気がした。
数ヶ月会っていなかったのが気のせいだったみたいだ。
ギンはいつものように、飄々とした笑顔で。
長い間帰らなかったことを謝るなんてことは、しなかった。


もういい、と思っていても体は正直で。
体が必死に空腹をうったえてくる。気持ち悪い。
仕方なくあたしはもそりと起き上がって、食べ物を口に運ぶ。
お腹が空いてはいたけれど、がっついて食べる力は残ってなかった。

ゆっくり、少しずつ食べ物を口に運ぶあたしを、ギンがじっと見ていた。
なに。と聞くと、

「痩せたなあ」

とぽつりと言った。
あんたのせい、といってやりたかったが、面倒なので止めた。
もともとギンには、あたしを養う義務なんかないということにも気づいた。

答える言葉が見つからない。

「…まあね」

適当に返してギンを見た。
数ヶ月のうちに身長も少し伸び、大人びた気がする。
こっちでも成長期があるのか、なんてどうでもいいことを思った。


どうしてあたしは此処を出て行かなかったのだろう。
じっとしていてもどうにもならないと、こいつに拾われる前に知ったのに。
あの時、あたしは一度生を諦めた。



死にかけても此処にとどまる理由。
それはなんだろう。



「乱菊?どないした」

黙っていたあたしを心配そうに覗き込んでくるギン。
今更、こいつのことを何も知らないことに気づいた。

どうやって食べ物を手に入れているのか。
なんでこんな小屋を一人で使っていたのか。

一人で何処に行っているの。

聞きたくても、聞けなかった。
聞いたら何かが壊れてしまう気がした。





あたしが此処に残るのは、それは。

ギンは必ず帰ってくる、そんな根拠のないことを思っているのかもしれない。
もうだめだ、と思いつつも動かないのは、彼が来るのを待っていたから。
結局あいつがいなくちゃ生きていけなかった。



何年も経っても、あたしはまだ、ギンの傍に居た。

一年間一度も帰ってこないときがあった。
それでも、あたしはあの小屋でギンを待っていた。


結局最後には帰ってくると信じてしまっていたから。
いつも帰るときには、ギンは憎たらしいような変わらない笑みを浮かべて。


『乱菊』


あたしの名を呼ぶ。










死神に、隊長になってからも性格は変わらず、副官のイヅルはよく困っているようだった。
仕事がたまり疲れがたまっている彼をみると、ちょっと可哀想だとおもったけど、自分には何も出来ない。

あたしは、あいつの行き先を知らない。



行き先なんか知らなくたって、いいと思っていた。
あいつは必ず帰ってくるから。
それは傲慢や思い込みではなかったはずだ。
だから別れも再会も言葉にしない。









「乱菊」


いつものようにあたしの名を呼んで。



いつもとは違う辛そうな笑顔で、

あたしに言った言葉は。


「さいなら」


「ご免な」


今まで聞いたことのない謝罪と別れの言葉。






もうあいつは帰ってこない。

なんとなく思ったことだけれど、確信があった。











やりきれない思いだけが込み上げる。
どうして。

何処へ。

…あたしを置いて行かないで。








いってらっしゃい。
誰にも聞こえない小さな小さな声で、そっと呟いた。















(拾ったのなら最後まで面倒を見なさいと、あの憎たらしい笑顔に向かって言ってやりたかった)
 

















ギン乱で、ギンが藍染と一緒に裏切った後です。
乱菊さんはギンが気づかないうちに支えになってればいい。
ギンは乱菊さんが生きていることが一番大切なので、その為に理由があって裏切った…とかがいいなあ(妄想)
辛くても、乱菊さんは強いので口には出しません。一人で耐えて、真実を知ろうとすると思います。