目が覚めたとき、すぐには自分が何処にいるのか分からなかった。

全身が鈍く痛み、思考を邪魔する。

ゆっくりと体を起こし、周りをみた。
白く無機質な感じのする部屋には、人の気配は感じられなかった。


薬や消毒液の独特の匂い。四番隊だと分かった。


あたしは、どうして此処に。


記憶をゆっくりと手繰っていく。












無意識のうちにずっと求め続けていた藍染隊長は、ちっとも変わっていなかった。 優しい笑みを浮かべ、謝罪してくれた。

「君を部下に持てて本当に良かった…」

「本当にありがとう」

彼があたしにくれた言葉は、あたしにとって最大の賛辞だった。 この人の下に就けて良かったと、やはりこの人で泣ければ駄目なのだと。自然に頬を涙が伝った。

どうしてあの手紙に日番谷くんの名前が書かれていたのか。

そのことが少し頭を掠めたけれど、いつもと変わらない藍染隊長が目の前に居て。 それだけで、もう思考を止めてしまった。藍染隊長は目の前にいる。笑っている。

ただ、藍染隊長に会えて、安心した。

嬉しかった。



「さよなら」



藍染隊長の声にいつもの優しい響きはなくて。
ただ冷たく、感情のこもっていない音だった。


どん、と音がした。 藍染隊長の刀があっさりと自分の体に刺さっている。 躊躇う事無く行われたそれを、最初は他人事のように見ていた。

傷口から、血が徐々に溢れてきて。
数秒送れて飛び散る自分の血。

真っ赤なそれは、数日前に見た藍染隊長のものとは違い、随分と鮮やかだった。


「嘘」


あたしが最後にあの人を見て呟いた言葉は、何に対してのものだったか。
もう何が何だかわからなくて、きっとこれは夢なんだと思ってしまいたかった。
藍染隊長が死んでいたのもあたしが此処で刺されているのも全部全部。


喜びで流していた涙はもう、乾いていた。

血が流れすぎたためか体を支えることはできず、どさりと自分の体が倒れて。
倒れた後に、藍染隊長が刀の血を払う音。
ぱらぱらと、自分の体に血がかかるのを感じた。


最後に思ったのは、日番谷くんへの謝罪だった。
なんて自分は愚かだったのか、ともう遅すぎる後悔。

疑ってごめんなさい。
信じることが出来なくてごめんなさい。

…護ろうとしてくれていたのに。

ちっとも気づかなかった。
自分は護られていた、大切にしてくれていたのはあの人だったのに。
今更気づいても遅かった。










気が付くと、卯の花さんが来ていた。
ゆったりとした動作で部屋に入り、あたしの状態を目で確認した。


「目が覚めましたか」


その声は穏やかで優しくて、あの人のことを少し思い出した。
不意に泣き出したいような衝動に駆られた。

ぐっとこらえ、声をだす。

「はい」

「…大丈夫ですか」

再びはい、と答えてから、卯ノ花さんに藍染隊長のことを尋ねようか悩んだ。きっと全部知っている。 口を開こうとしても言葉が出てこない。ただ掠れた音と空気が漏れる。


怖かった。残酷な真実を知るのが。

嫌だった。愚かな自分を認めたくなかった。


卯の花さんはそんなあたしをみて、今はゆっくり御休み下さい。と言った。 あたしの体を診て、確認をしていく。傷はもう痛まなかった。胸に残った傷はきっと癒えない。

「…逃げてはいけませんよ。貴方も周りの方も傷つくだけです」

ぽつりと、卯ノ花さんが言った。 では。軽く頭を下げてから、卯ノ花さんは部屋を出て行った。また、部屋にひとりきりになった。




真実はきっと、残酷なだけ。

でもあたしの場合は、全部自業自得。


憧れだけで現実をみていなかった。
あたしを見ていたのは、大切にしていてくれたのは、日番谷くんだったのに。

信じなかったのは、傷つけたのは、あたしだから。


『日番谷冬獅郎』


手紙の文字を見たとき、何かの間違いだと思った。 幼馴染みの名を書いたのは、確かに尊敬していたあの人の字で。

間違いなんかあるはずがない、と。 確かめることもせず、切りかかった。

あたしに彼が殺せるはずなんてないって、あの人も分かっていたはずなのに。 藍染隊長が最後に残した言葉が自分へだと思って、舞い上がっていたのだろうか。

結局彼はあたしに刀を抜かなかった。なんて優しい。なんて甘い。自分が殺されようとしているのに。


ああ、そうだ。日番谷くんは、いつだって優しかったのに。

そんなことするはずないって、あたしが一番分かってたはずなのに。




日番谷くんに、謝ろう。 許してくれないかもしれない。 馬鹿か、とあきれられて罵られるかもしれない。前みたいに笑ってくれたり助けてくれたりしてくれなくなるかもしれない。

それはあたしにとって酷く恐ろしいことで、考えただけで涙が滲んできた。


でも、心の中であたしは期待している。 気にしていないから。大丈夫か。 そんな言葉をもらえることを望んで。 彼に救われたがっているのだ。彼は優しいから。裏切られて傷ついた幼馴染みを、放っておけないから。

自分が醜く思えた。 それでも、鈍く痛む体で彼を待っている自分がいる。












藍染惣右介の反逆、更に三番隊・九番隊隊長の裏切り。

日番谷くんが現世に行ったというのを聞いたのは、数時間後だった。




















空は変わりはじめていた。

歪な色の空を見上げ、強く強く唇を噛み締める。
















雛森が目覚めた後、です。
なんで卯ノ花さんタイミングよく来たのか、とかは気にしない方向で。
日番谷くんが居なくても、一人で前を向いて強くなって欲しいなあ…と勝手な妄想を。

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