初めて人を切った日。 言葉はでなかった。ただ、そう。もとには戻れないとわかった。 学院に入学した時から。 真っ黒な死覇装を受け取ってから。真っ白な羽織を身に着けたときから。 ずっと思っていたことだけれど改めて。帰る道はない。 別に親しかった奴ではない。 いのちを奪われたのは、そいつに非があったからだ。後悔なんてしていない。 自分が生きるために仕方がなく、なんて開き直ろうとは思わない。 全て受け止め背負うには重すぎたけれど、これが選んだ道なのだから。 自分に言い聞かせても胸に残る痛みはかわらない。悲しくはないのだ、それなのに胸が痛む。罪悪感、そんな綺麗な感情必要ないのに。 虚とは違い、いつまでも消えない、消えることのない遺体。 血の海の中、ただ横たわる彼。 どうしてか、安らかな表情。 死の直前にあいつが遺した顔。 あいつだって後悔はしていまい、笑っていたのだから。 仕方がないとあきらめたのだから。いっそのこと、抵抗してくれたほうがまだやりやすかったのに。 彼を斬った刀から、血が伝い流れてくる。 返り血で、日番谷は血に塗れていた。 両の手のひらにこびりついた赤黒い血。 ああ、この手は彼女のためだけにあったはずなのに。 じっと両手をみつめていた日番谷の手を、雛森は握りしめた。強く、強く、痛いくらいの力で。 もうすっかり乾いていた血は彼女の手にはうつらなくて、それに少し安堵した。彼女の手を穢すわけにはいかない。 穢れたのは自分で選んだ道。血に塗れてもいいから進むと決めたのは自分。 決して、彼女のせいなんかじゃなくて。 「あたしのせいにすればいい。穢れてなんかいない。ずっと、ずっと。日番谷くんはきれいだよ」 見透かしたような台詞。 彼女はやさしい微笑を浮かべ、小さな子供をあやすように宥める。 彼女にそんなことを言わせてしまったことが悔しくて、相変わらず弱い自分に腹が立って。 自分が大嫌いだった。たったひとり、しあわせにすることすら出来ない。ただ護ることさえ出来ない。 唇を噛み締めて俯いていると、雛森は心配そうに顔を覗き込んでくる。 ああ、そんな顔をさせたいわけじゃないのに。ただ、笑ってほしかっただけなのに。 痛みも苦しみも辛さも何にも知らなくていいから、俺が全部知ってるから。 「…ごめんな」 聞こえるか聞こえないかの声量で呟く。いつまでも雛森にそんな顔をさせているわけにはいかないから。 笑ってもらわないと、しあわせでいてくれないと。自分がいる意味がない。 自分勝手で傲慢な考えだとはわかっている。きっと自分は、彼女と何かを比べることは出来ない。 自分にとって彼女は絶対で、他の犠牲など気には留めない。たったひとりを助けるために、いくらでも失える。 全て捨てても最後に彼女さえ残って居ればいい。 きっと、こんな考えを知ったら窘められてしまう。頬を膨らませて腰に手を当てて。 いつものように、「だめだよ」と優しく俺の名前を呼んで。 いつまでたってもまもられてばかり。 彼女の手をそっとはずし、拳を握る。穢れている。それを否定してはいけないのだ、進むのなら。たったひとりを選ぶのなら。 胸の痛みも死の重みも、このあかい色も。 「…日番谷くん?」 もう大丈夫だから、と精一杯笑った。 想いは閉じ込め僕も笑う (しばらくは騙されていて) |