しとしとと、静かに降り続ける雨。 久しぶりの雨は、穏やかで優しいものだった。 外にでると、生暖かい湿った空気が肌に触れた。 雨の日特有のしっとりとした空気。 暑い時には鬱陶しいそれも、気温の低い今はあまり嫌ではない。 雨は止む事無く降り続け、尸魂界に恵みをもたらす。 「…雛森」 探していた人物を見つけ、小さく安堵のため息を漏らす。 数メートル先にいる彼女に、声をかけた。 雛森はただ空をぼんやりと見上げていた。 「雛森」 反応を返さない彼女の、名前をもう一度呼ぶ。 ぴくり、と一瞬体を震わせたが、立っているその位置から動こうとしなかった。 日番谷が歩くたび、ばしゃばしゃと水が音をたてる。 近づいてくるのに気づいても彼女は動かない、何もしない。 静かにたたずむ彼女は、泣いているように見えた。 泣きそうな彼女の腕を引き自分の方を向かせた。 顔を背けようとする彼女の頬を両手で挟み、無理矢理目を合わせる。 彼女のいつも光のある瞳は濡れていて、それが雨なのか涙なのかは分からない。 ばしゃ、と日番谷と雛森の傘が地面に落ちた。 遮るものがなくなり、雨が直接肌に触れてくる。 「雛森」 三度目の名を呼ぶと、大きな目からすうっと涙が一筋流れた気がした。 雨と混じり、そのまま頬を伝って下へ降りていく。 ぎゅっと噛み締められた唇は真っ赤になっていた。 「…泣いても、いいから。俺の前で、我慢することなんかねえだろ」 お前の泣き顔なんかずっと前から見てきたんだから。 そう言うと、雛森は堪え切れなかったようで顔をくしゃっと崩して、ぼろぼろと涙を流し始めた。 とぎれとぎれの嗚咽が聞こえ、必死で涙を堪えようとしているようだった。 彼女が泣くのを見たのは、死神になってから初めてだった。 頬に当てていた手をそっと離すと、雛森はそのまま顔を肩に埋めてきた。 しがみつかれるような体制になり、小刻みに震えているのがはっきりわかった。 決して声は出さずに涙を流す彼女を、どうすることもできなかった。 彼女が涙を流している理由はわからない。 わかっていたのは、決して人前で彼女は泣かないこと。 気心知れる仲間の前でも、崇拝する上司の前でも。 妙に勘のよい自分の部下は以前、首をかしげていた。 もともと感情的な彼女なのに、泣くところを見たことがないのが不思議だと。 長い間雨に打たれていた体はすっかり冷え切っていた。 自分の持つ熱を全部、彼女にあげてしまいたかった。 死覇装は雨を吸い込み、肌にじっとりと重みを持って張り付いている。 雨は冷たかったけれど、雛森が触れている部分は熱かった。 小刻みに震え嗚咽を漏らすその体を抱きしめた。 雛森の体温も、少し乱れた心音も伝わってくる。 泣き止ませることはできない。 笑わせることも出来ない。 ただ傍に居ることしか出来ない自分がもどかしかった。 泣き続ける彼女の背に手をやり、力をこめて抱きしめた。 誰の前でも綺麗な微笑みを見せる彼女。 泣くことをやめて、どれほど我慢していたのだろうか。 人の前で泣かないと、弱さを見せないと決めたのは彼女の強さだ。 それでもせめて自分の前だけでは思いっきり泣いて欲しかった。 笑わなくてもいいから、弱くてもいいから。 「…ぁ、ありがっ、とう…」 彼女が嗚咽交じりで小さく呟いた言葉に、自分が救われた気がした。 彼女は泣いていたけれど。 自分が彼女の救いになるのなら、それでいいと思った。 その優しさと強さに一番救われていたのは自分だから。 彼女のために何かできるなら、それが自分の幸せなのだと。 彼女の涙もこの想いも、優しい雨と一緒に全部流してしまいたかった。
やっと二作目ー! 雨の日です。雛森は人の前で泣かないで、ずっと溜め込んでるかなあと。 エロい方向に走りそうになりましたが、なんとか留まりました(え