流れ落ちる。 雨の中外に出たのは、そのときはそれしかできなかったから。 悲しくて悔しくてどうしようもなくて、それでも涙は流したくないと思ったから。 一人になりたかったのだ。人のあたたかさに触れてしまったら、それだけで我慢できなくなりそうだった。 雨なんて気にならない。ただぼんやりと、立ち尽くして雫を体に受ける。 暗く重い感情が薄く微かになるまで、笑えるまで、そうしているつもりだった。 あたしがここにいるなんて知るはず無いのに、日番谷くんはきた。 雛森、といつものように名前を呼ばれても、あたしは振り向けなかった。 笑ってこたえられそうにはなかったから。 ただ灰色の空を見上げ、とにかく今の自分でもよく分からない感情を押さえ込もうとした。 雨に当たっていると、余計な感情も一緒に流れていく気がした。 何度か名前を呼ばれてから、無理矢理目を合わされたあたしの視界に入ったのは。 日番谷くんのまっすぐで綺麗な目。心を見透かされそうで、怖い。 変わらないなあ、と思った。 流魂街にいたときも、死神になってからも、その目は変わらなかった。 彼の眉間に、いつもの皺はなかった。ただ、痛そうな顔をしていた。 ただ顔を少しゆがめ、唇を噛み締めていた。悔しそうで、苦しそうで。 日番谷くんが悪いんじゃないのに。 掴まれた腕から、ほんの少しの痛みと日番谷くんのあたたかさが伝わってくる。 昔から。日番谷くんはあたしが泣くと、泣いている場面を見ると顔を顰める。 彼が何かしたわけではないし、そんな顔をする理由なんてないのに。 あたしが泣いている理由なんて分からないはずなのに、あたしが悪いかもしれないのに。 あたしが泣いているだけで、彼のほうも泣きそうだった。泣くところなんて見たことが無いから、わからないけれど。 辛そうなくせに、泣くなとそれを止めようとはせず、思いっきり泣けといつも言った。 そして、あたしが落ち着くまで、泣き止むまで、ずっと何も言わずに傍に居るのだ。 理由は聞かない。慰めようともしない。 あたしが泣ける場所は、日番谷くんの傍だけになっていた。 慰められたいわけでも同情されたいわけでもない。ただ、いつも悔しいのだ。無力な自分が。 何も言わずに傍に居てくれる彼がありがたかった。 弱さを見せられるのは、彼にだけだった。 「…ぁ、ありがっ、とう…」 彼に感謝を伝えたかったのに、口からは嗚咽が漏れ掠れた声しか出ない。 本当は、もっと言わなくちゃいけないことがあったのに。 久しぶりに流した涙は簡単には止まらなかった。 泣き止むまでずっと日番谷くんはずっとあたしを抱きしめていてくれた。 昔よりも、ほんの少し傍に居るときの距離が近い気がした。 あたたかさは変わらないし、彼の辛そうな表情も変わらなかったけれど。 そんな顔、みたくなかったから。泣かないように強くなろうと、強くなったと、思ったのに。 雨に濡れ体が冷えていったが、そんなのは気にはならなかった。 自分の弱さが情けなくて、悔しくて。 大丈夫だからと笑いたかったのに、涙がぼろぼろと流れ、彼の死覇装に滲んでいった。 もう、雨と涙の区別も付かない。ただ雫が流れ落ちる。 彼がいなければ泣くことさえできないなんて。
雛森視点で日記に書いてたのをちょっと修正。 とりあえず、泣けるのは日番谷の前だけ…って感じで。