ずっと、好きだった。 いつから、なんて思い出せない。ずっと、ずっと、昔から。 だから、彼女の笑顔と言葉を否定することはできずただ肯くだけ。 君が笑えばそれだけで 「それでね!本当にお優しいんだよ!」 十番隊の隊首室で、雛森が日番谷に向かって力説していた。 五番隊は今日の仕事は大体終わって、今は昼休みらしい。 手に茶菓子をもって、いつものように十番隊に遊びに来ていた。 「へえ」 その藍染の話に興味はないけれど、適当に答えすぎると雛森がうるさい。 興味がない上に聞きたくもない話を聞きながら、それでも日番谷は返事を返す。 「自分も疲れてるはずなのにね!他の隊員のフォローもしてあげてー」 「ほお」 「いい人だよね」 「ああ」 「やっぱり凄いなあー…」 「おお」 日番谷は適当に相槌を打っているが、雛森に気にしている様子はない。 決して悪気のないその少女と、話を聞きながらも仕事をしているらしい自分の隊長を見て、乱菊はふう。 小さく、2人には聞こえないようにため息をついた。 (好きな子から他の男の話ばっかり聞いて、喜ぶ奴は居ないわよねえ…) じっと哀れな目で見る乱菊の視線に、日番谷は気づいているだろうか。 結局、雛森は最後まで藍染のことだけ話していった。 「あっ時間。もう行くね!」と言ってパタパタと走って隊首室を出て行く。 後に残ったのは、日番谷と乱菊の気まずい沈黙だけ。 さらさら、日番谷が筆を走らせる音が聞こえる。 「…松本」 唐突に日番谷が書類を進める手を止め、天井を仰ぎながら言った。 雛森の相手をしていながらも、書類はやはりちゃんと進めていたらしい。 もう残り数枚。 「なんです?」 「…あれは、俺に対する嫌がらせか?」 あれ、というのは聞くまでもなく、雛森のこと。 本当にそう思っているわけではなく、疲れただけだろう。 心底疲れた…その上結構に傷ついたであろう彼に、心から同情した。 でも一応誤解をとく…まあ、日番谷も分かってはいただろうと思ったけど、否定をしておいた。 「…あの子、悪気はないでしょう?」 そう、雛森に悪気なんてない。 彼女は純粋に、藍染のことを慕っていて。 雛森は藍染が好きなのだろう、彼女のことを知るだれもがそう思っていた。 他に話なんていくらでもあるだろうに、それでも雛森は藍染のことばかりをよく話す。 今日はどうだった、とか何を言われた、とか助けてくれて、とか。 しまいには、「日番谷くんもあんなふうに…」だ。 そんな話を聞くたび、日番谷は少しずつ、自分が疲れていっているように思う。 幼い頃とは違い、表情をそのまま顔に表すことはしなくなった。 自分の顔が嫉妬や妬みを表さないよう、ずっと無表情をつくっている。 藍染の話なんて正直どうでも良い。 聞きたくない、とはっきり言ってしまえば、彼女はそれ以上言わなくなる。 でも、そんなことは言えないのだ。 自分が傷つかなくても、疲れなくても。彼女を傷つけては意味がない。 必要以上に悩んで、自分が悪いと思い込むに決まってるから。 それなら、話は簡単だ。と日番谷が結論を出したのは、雛森から藍染を紹介されたときあたりだ。 初めて会ったときから、ああこいつが雛森の好きな奴なのか。と思った。 手紙などでいつも雛森が書いていたとおり、誠実で人に好かれそうな奴で。自分とは正反対の男だった。 彼女の口から藍染の話を聞くのは嫌だが、彼女が傷つく方が日番谷は嫌なのだ。 藍染の話も聞きたくない、というのは自分の我侭かもしれない。 偶然雛森が憧れたのが藍染だったというだけで。 他の男のことを嬉しそうに話す雛森を見ているのは、辛かった。 その場から逃げ出して。全部なかったことにしてしまいたかった。 雛森を追いかけてここに来たことも。彼女にあったことも。 馬鹿げている、とは分かっている。雛森が居なければ、今の日番谷はいなくて。 そんな自分に、意味などない。 辛くても、傷ついても此処に居るのは、きっと自惚れからだ。 もしかしたら、と彼女の笑顔が自分だけに向けられることを、まだ心のどこかで願っているのだ。 彼女が一途に見続けているのは一人の男だけど、それは自分じゃない。 どうしようもないと分かっていながらも、この感情を消すことはできなかったから。 日々繰り返せば、この痛みにも慣れるかもしれない。 こんなつらすぎる思いも、いつか消えてしまえばいい。 「…頑張ってください」 ため息をつきながら言われた部下からの慰めと哀れみの言葉に、短くおう、と返事を返す。 日番谷にはそれ以外に返す言葉は見つからない。 自分で決めたこと。 いつまでこれが続くか分からない。 正直こんなのはつらいけれど、まあ。 誇らしげに、嬉しそうに笑っている彼女の顔を見るのは、好きだ。 『特別』になんかはなれないけど、彼女の笑顔を見られるなら。 話を聞くだけの『その他大勢』でも良いのだ。 「…あたしには、無理ですね」 「そうか」 書類を手に取り、また進めていく。 それはいつも繰り返される日常で。 中途半端な日々を繰り返して、傍目には何も変わっていないように見えた。 今日も、雛森は茶菓子を土産に十番隊を訪れた。 日番谷と乱菊は一瞬互いに見合わせた。 乱菊は哀れむような表情で、日番谷はいつもの無表情である。 「あのね、今日ね…」 雛森は嬉しそうに笑っている。 見ていると幸せになる、優しい笑みだ。 その笑みの対象は、ほとんどアイツだけど。 (…これで、いいんだ)  それでもその笑顔は温かかったから。
お題一作目…。 とりあえず、全部雛森のため、っていう日番谷くんを書きたかったような気がします。(曖昧) 最後は日番谷くんが報われるように終わらせ…たいんですよ。