好きだなんて、気にかけているなんて、認めたくないのに。
夜。
仕事を終えた七緒は、乱菊が宴会をすると言っていた場所へ行った。
初めから長居をするつもりはなかったので、酒を飲むつもりもなかった。
もともと参加はしない予定だったが、乱菊に無理矢理誘われて断りきれなかったのだ。
とりあえず声だけかけて、すぐ帰るつもりだった。
廊下にいても聞こえてくる中の喧騒に、七緒は中に入らずすぐに帰りたくなった。
なるべく人に気づかれないよう、そっと戸を開けた。
宴会はかなり盛り上がっていて、みんなこちらには気づかない。楽しそうに酒を飲んでいた。
部屋には思ったよりも人はいない。
この前の半分ぐらいしかいないが、賑やかさはそれと同等だった。
さっさと乱菊さんに言って戻ろう。中に入ろうとしたとき、後ろから声をかけられた。
「伊勢、何やってんだ?」
後ろにはいつのまにか檜佐木がいた。
顔が少し赤くなっていたので、さっきまで中で酒を飲んでいたのだろうと思った。
酒の独特の匂いが辺りに漂い、七緒は少し顔を顰めた。
「珍しいな、お前が参加すんの」
檜佐木は中をちらっと覗いたあと、七緒に向かって首をかしげた。
「ああ…乱菊さんに誘わたのよ」
「あー、無理矢理呼ばれたか」
七緒の答えに、乱菊さん強引だからなーと言って、にかっと笑った。
笑った顔はかっこいいというよりは可愛い。
幼くて、母性本能をくすぐる…というのだろうか。
七緒はこういうのに女が騙されるのね…とあらためて思った。
「檜佐木君、何してるの?参加してたんでしょう?」
「ああ、ちょっと暑くなって…。行こうぜ」
飲みすぎで暑くなり、少し涼みに行っていたらしい。
そうね、といいかけた七緒の手を取り、すたすたと中に入っていく。
それは当然七緒にとっては予想外で、恥ずかしさから慌てて注意しようとする。
「え、ちょっと…」
「なーにー?」
「…手!」
「えーいいじゃん。気にすんなってー」
あははーと能天気に笑っている檜佐木は、確かに酔っていた。
知らないうちに顔が紅潮してくるのがわかり、七緒は焦った。
手をさりげなく外そうとしたが、思いのほかしっかりと握られていてそれはできなかった。
(ど、どうしよう…)
部屋には酒の空き瓶やつまみの入っていたらしい袋が散乱している。
檜佐木は七緒の手を引いたまま、器用にそれらを避けて進んでいく。
本気で振り払おうか、そう思ったときにはもう遅かった。目の前にはこの手の話が大好きな乱菊。
「あー、修兵!遅いわよー」
「すいません」
乱菊は檜佐木に声をかけた後、目ざとく二人が手をつないでいるのを見つけた。
正しくはつないでいる、ではなく檜佐木が七緒の手を引いているところ、だが。
その手と二人の顔を見比べた後、にやり、と楽しそうに笑った。からかおうとしているのがすぐにわかる。。
「あらー、そんな関係だったのー?」
檜佐木が否定すると思ったのだが、それは甘かった。
酔いのためか、なぜか檜佐木は照れているように笑って、
「そう見えますー?」
と言った。それに七緒が口を挟む間もなく、檜佐木と乱菊は二人で盛り上がっている。
もう七緒の意思は完全に無視だ。
「見えるわよー。お似合いじゃない?」
ね、と乱菊が周りに声をかけると、一緒に飲んでいたらしい恋次たちが反応してきた。
まだ繋がれたままの二人の手をみて、周りも盛り上がってきた。
「檜佐木センパイ、そうだったんですか!?」
「無節操な女好きじゃなかったんですね」
「僕の七緒ちゃんがあー!」
「そっかー、意外…」
「おめでとうございますー!」
酒が入っているせいもあってか、みんなのテンションがやたら高い。
みんな口早にどんどん話すので、七緒が口を挟む隙がない。
酔っ払いに怒っても仕方ないとは分かっているが、鬱陶しくなってきた。
自分と噂されたのでは檜佐木も迷惑だろう、そう思って。
「…帰ります」
一言残し、帰ろうとした。
しかし檜佐木が手を離さない。
「…離してくれない?」
「たまにはいーじゃん。飲もうぜー」
相変わらず能天気に話している檜佐木は、もう完全に酔っ払っているのだろう。
こんなに酔って明日の仕事は大丈夫なのだろうか、と少し東仙に同情する。
そういえばうちの隊長は…と思い部屋を見回すと、上機嫌で酒をあおっていた。
もう注意するのにも疲れ、七緒ははあ、とため息をついた。
「悪いけど、今日は失礼します」
えー、と乱菊たちが不満をこぼしたが、七緒は気にせずじゃあ、と言って出口に向かう。
なぜか檜佐木は手を離さず、七緒の後を付いてきた。
「…何?」
「送るー」
いい加減にしなさいよ、と七緒は大声を出しそうになったが、ぐっとこらえる。
いいからあんたは乱菊さんの相手してなさいよ。そう言おうとしたが、
「いってらっさーい」
乱菊のその一声で、檜佐木が七緒を送ることが決定してしまったようだ。
にこにこ笑っている檜佐木が一瞬可愛く思えてしまい、七緒は自分の頬を緩めそうになった。
そんな自分が嫌になり、はあ…と本日何回目か覚えていないため息を付く。
七緒は檜佐木と一緒に部屋を出た。
手は、つないだまま。
「送ってくれてありがとう」
一応七緒が檜佐木に礼を言うと、彼はまた嬉しそうに笑った。
「どーいたしましてー」
「…早く戻ったら?」
「おー。じゃあな、七緒」
酔って乱菊さんのがうつったのかどうかは知らないが。
檜佐木は名字ではなく、七緒と呼んだ。
不意に名前で呼ばれて、七緒はまた顔が熱くなるのを感じた。
「じゃあ、ね」
なんとかそれだけをいって、七緒は急いで自室に閉じこもった。
好きじゃない。
必死にその感情を否定しても、顔の熱は当分取れそうになくて。
鏡を見ると、顔を真っ赤にしている自分がいた。
きっと明日になれば、彼は今日のことを忘れている。
もう名前を呼ばれることも、手を引かれることもないのだ。
そう思ったら、急に切なさが込み上げてきた。
あの人のことなんか、好きじゃない。
どうしようもないと分かりきっているのに好きになるなんて、私らしくない。
それなのに、どうして。
好きだなんて、認めたくないのに。
夜の外気にさらされ冷えた手で、熱の冷めない頬を強くおさえた。
修七も結構好きです!今度らぶらぶな話も書きたいなあ…。
これは七→修って感じですが、ちゃんと修→←七のつもりですので!
檜佐木君、次の日もちゃんと覚えてるんですがちょっと気まずくなったりして。
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