彼は、あたしにどうして欲しいのだろうか。 隊長になるほど実力がないことは彼もよく知っているはず。 どうして、と尋ねても教えてくれるはずはないけれど。彼は優しくなった。 あたしを壊れやすいものを扱うように接して、決して傷つけようとはしない。昔のような軽口も減った。 他の多くが責めた藍染隊長(まだ藍染隊長、としか呼べないのはどうかと自分でも思うけれど)を庇う発言にも、 彼は何も言わなかった。責めることも正すこともしない。彼の辛そうな目をみてからは、もうそれを言おうとは思わなくなった。 今は、どうなのかわからないのだ。 藍染隊長は間違っていた、それは理解した。そ れでもあの人を憎く思えないのだから、あたしは駄目なのだと思う。 切り替えることは出来なくて、そのくせ優しい彼を傷つけるようなことはしたくないと思っていて。 そんなときだったのだ、あの言葉は。 日番谷くんを庇ってあの人を貶めるような言い方。そう、彼女達は正しかった。 彼があたしのために降格したようなものなのは知っていたのに、それを口に出す勇気はなかった。 利用するつもりも、そこまで隊長になりたかったわけでもないけれど。それでも、言っていることは正しい。 日番谷くんを利用して、今たっているのだ。散々迷惑をかけてまだ縋っている。 思考がぐちゃぐちゃになった。 藍染隊長が居てくれればこんなことにはならなかったのにと、 彼にとって残酷なことを口走ったのも気が付かない。ただ悲しそうなのはあたしのせいだと、それだけは気づいた。 まだ、まだ。 もうすこしだけでいいから。 時間が経てば隊長という職務もひとりでこなせるようになる。 頼らなくてもひとりで生きることが出来る。 だけど、今はまだ。 ひとりで立てるようになれば、それが周りにもわかれば。 藍染隊長のことを彼は間違っていたとはっきり言えるようになったら。 そうしたら、彼はあたしの副隊長じゃなくなる。もともと副隊長なんかに収まる器じゃない。 彼にはあの白い羽織が一番よく似合うのだと、今も思っているのだ。 もうすこしだけ。 いつか手を離してあげるから。 もうこんな面倒くさい幼馴染みの相手をしなくていいようにしてあげるから。 だけど今だけは、あと少しだけは。 姑息な告白 (伝わることのない) 「隊長!」 乱菊が大声で叫ぶと、日番谷は顔を顰めた。いつも前を歩いていた彼。 振り向くたび、風になびいてた羽織はもうその背にはない。 代わりに、腕には昔彼女が誇らしげにつけていた、副官章。まだ成長途中の細い腕が、こんなに頼りなく見えたことがあっただろうか。 「…もう隊長じゃねえ。敬語もいらねえぞ」 ああ、俺が敬語を使うようなのか。楽しそうに、不敵に笑う彼はかわっていなくて、少しだけ安心した。 敬語なんか使われたらどうしようかと、内心ひやひやしていたのだ。 そんな隊長、気味が悪いわと乱菊は随分失礼な事を心の中で呟いた。 「…そうじゃなくて!なんなんですか。あんな、滅茶苦茶な…」 「別に滅茶苦茶じゃねえし、総隊長も納得した。…松本隊長、なにかご不満が?」 「あたしは…隊長になんか…!」 日番谷が五番隊副隊長へと降格したため、隊長の枠があいた。 そのままにしておくはずはなく、自然と乱菊が持ち上がるかたちになった。 おかしいと思っても断れる状況ではなくて。渋々謹んでお受けします、と羽織を受け取ったのが数日前。 「変ですよ、なんで!隊長がそこまでするようなんですか!」 「もう隊長じゃねえって言ってんだろ。…それに、お前ならわかんだろ?」 お前なら、と言われ乱菊は言葉を詰まらせた。 知っていたから。ずっと彼が何を見ていたのか、なんのために隊長にまでなったのか。 その地位を利用してできたことが沢山あるということも、そのおかげで彼女の笑顔が増えたことも。彼が後悔をしていないことも。 「だからって…隊長が落ちることはなかったんじゃないですか?あの子副隊長にして、隊長はその上につけばいいじゃないですか…」 「それじゃ駄目だ。ひとりで前を歩いても意味ねえし」 今更だけどな、と彼は苦笑した。前は彼女を追い越そうと必死だったから。 何いってるんですか、と乱菊はその小さい頭を叩きたくなった。 ひとりで前を歩いていた? ずっと振り返りながら歩いていたくせに。 ひとりじゃないでしょう、彼女は隣で幸せそうに微笑んでいたでしょう、あのときまでは、確かに。 そんなことを思っても、彼の固い決心はかわりそうにない。 それに今更何を言っても総隊長の判断を覆せるとも思わない、と乱菊はため息をついた。よく彼がやっていた仕草。 「隊長じゃないと、サボれないじゃないですか…」 「俺の気持ちを味わえ」 「あたし、隊長なんて…」 「…お前なら、大丈夫だよ」 これがもっと別の状況だったら。正当な理由で隊長になったときに言われるのなら、その言葉はどれだけ嬉しいことか。 今は乱菊にとってその言葉は辛いだけだ。 「…あたしの隊長は、ずっとあなただけですから」 最後にそれだけ。隊がかわろうと表面上とはいえ降格したとしても、自分にとっての上司は彼だけだった。 もうすこしその背を支えていたかったのにと、そんなことはもう遅かったけれど。 雛森、と彼女の名を呼ぶ日番谷。 その顔はどこか緩んでいて、そこに以前のような硬い空気はない。 ただただ彼女のことを想う彼は純粋で、少しだけ羨ましかった。捨てたものの代わりに得たもの。 彼にとっては代わりなんかじゃない、もっともっといいものかもしれない。 もう、十番隊隊長日番谷冬獅郎はどこにもいなかった。 いるのは、ただ愛おしそうに幼馴染みを見守る少年だけ。 せかいはゆっくりとかわっていく (後悔だけはないと) |