雛森がしゃがみこんでいるのを見たとき、思わず体が動いた。 出来るだけ関わらないようにしよう、そう思っていたけれどやっぱりそんなことは出来なかった。 目を潤ませた雛森は、とても辛そうで。どうすればよいのかわからなくて、ただ頭を撫でた。 ただの『副隊長』になにやってんだ俺、と己の失態に気づいた時にはもう、雛森が叫んでいた。

さっきまでは辛そうに頭を抑えていたけれど、真っ赤になって叫ぶ雛森は、もう平気そうだった。 大して話をしないうちに、雛森はひとりで頭を下げて逃げるように帰って行った。 用事があったんじゃないのか、そんなことを思ったけれど追いかける気にはなれなかった。


危なかった、と思った。あのまま雛森と話していたらそのうちぼろを出してしまいそうだった。 中途半端に傍に居ても、自分がつらいだけなのに。それでも、彼女を放っておくことができなかった。












「なに?これ…」

藍染の机の上に置いてあった一通の手紙。気にするつもりもなかったのだけれど、 表に書かれていた『日番谷くんへ』という字に、反応してしまった。隊長である彼に 「日番谷くん」と親しく呼びかけるのは誰だろう、と。藍染隊長かとも思ったが、字が違う。 先ほどの笑顔を思い出し、無意識のうちに手紙の裏を見る。

(惹かれていたなんて、自分じゃ気づいていなかったけれど)


『雛森桃』

「え…?」

そこに書かれていたのは、紛れもなく自分の名前。書いた覚えなどない、そう思ったところで、最近あやふやで曖昧なことが多いことを思い出した。躊躇わず、封を開く。



『護りたかったのは、あなただったんです』

『最後の最後、あなたを想う事が出来たら』

『幸せを、願っています』




「やだ…なんで…」

書いたときの記憶などどこにもない。それでも確かに、この字は自分のもの。何にもわからなくて、藍染はいなくて、自分ひとりではどうしようもなくなって。

ぐしゃり、手紙を握りしめて。走り出した。









執務室に戻ってから数十分。ばたばた、と煩い足音が聞こえた。よく馴染んだ霊圧とともに。今度はなんだ、と視線をドアに向けると、ちょうど雛森が飛び込んできた。呼吸は荒く、肩を大きく上下させている。

「雛森…?」

ずかずかと近づいてきた雛森は、泣きそうな顔だった。震える手で、一通の手紙を差し出す。不思議に思いながら、日番谷はそれを読んだ。

『幸せを、願っています』

記憶を失う前の雛森の言葉。今の日番谷には、絶対に手に入れられないもの。 目の奥が熱くなって、思わずこぼれそうになる涙を必死で堪える。

「な、これ…!」

雛森が持っているはずがないもの。どうしてこれを雛森が。 いいたいことは沢山あるのに、口が動かない。これは、どうして。

「あたしが、聞きたい。ねえ、なんなのこれ。こんなの、書いた覚えない。 でも、これはあたしの字。自分が死ぬことよりあなたのこと心配するくらい、あたし、『日番谷くん』が大切だったんだよね。日番谷くんって、あなたでしょう?」

「雛森…」

「ねえ、どうして覚えてないの?どうしてあなたはそんなに平気そうなの?…あたしは、あなたにとっては、どうでもいい存在だったのかな」

「そんなことねえよ!」

そんなのありえない。平気なんかじゃない、どうでもいい存在なんかじゃない。ただ、それでも、雛森の為に。日番谷が叫ぶと、雛森はくしゃりと顔をゆがめた。

「あたし、わかんない。思い出せない。頭が痛くて、割れそうで、怖い」

大きな瞳からぼろぼろと涙をこぼして、雛森は俯いた。掛ける言葉は見つからない。できることは、ひとつだけ。

「悪い…」

首を傾げた雛森に、瞬歩で近づく。気を失うだけの鬼道をかけると、雛森は何の抵抗もなく、くたりと倒れた。初歩的な鬼道を雛森に使えたのは、彼女が酷く動揺していたため。普段だったらこんなに簡単にはいかない。力のない体を抱きかかえると、随分軽くなっていることに気がついた。

出来るだけ負担をかけないよう、肩に担いで(悔しいことに、前抱きや背負う体勢では不安定)、四番隊へ向かった。













振り出しに戻る。











すいませんこれが限界でしたのこりは後で!
微妙なところでぶった切ってすいません。