「…疲れたなあ」 それほど疲れているわけでもないけれど、なんとなくポツリと呟いた。 暫く休んでいいよ、と笑顔で告げられた休憩はありがたいけれど、さしてやることもなく。雛森はただぼんやりと時間を潰していた。 適当に歩くうち、何故か自然に十番隊の隊舎に来ていた。 どうせなら乱菊さんに声をかけてこようかと思ったけれど、用もないのに他の隊舎に入っていくのもなんとなく気が引ける。 さて、どうしようか。そう悩んでいた時、ふと思った。 (あれ。今まではどうしてたっけ?) 今まで、ずっと雛森は時間のあるときは日番谷のところへ通っていた。 記憶がなくなった今、それらも当然覚えてはいない。 雛森が感じたのは、この前と同じ、違和感。 はっきりとしている記憶からだんだんに手繰っていくものの、途中で靄がかかったように曖昧になる。 それが酷く不安に思えて、なんとか思い出そうとした。 「…なん、で…?」 いつからこんなふうになったのだろう。そうだ、この前倒れた時から。貧血なんかなったことなかったのに、目が覚めたらそこは四番隊で。日番谷隊長が居て。そして。そこまで考えた瞬間、何故か酷く頭が痛み、雛森は思わずしゃがみこんだ。 思考をやめても、頭痛は治まらない。 この前は、これで治まったのに、と雛森は頭を抱え、涙を浮かべた。 「なんでよう…」 「…おい、お前…雛森?」 声をかけられたほうを向くと、そこには日番谷が立っていた。 手にしていた書類を放り投げ、しゃがんで雛森と目を合わせた。真っ直ぐな目は、穏やかな碧色。 「…大丈夫、か?」 その声が酷く優しいものに聞こえて、雛森は思わず目を潤ませた。 痛い。痛い。痛い。 助けて。 「…痛い…っ」 搾り出すように声を出すと、日番谷に優しく頭を撫でられた。何のためらいもなく、自然に。 その仕草と穏やかな声に、なんだか覚えがある気がしたが、痛みでそれどころではなくなった。がんがんと、頭の中で警鐘がなっている。 涙が出てくるのは、きっと、痛みのせい。他に理由なんて。 「…雛森?」 名前を呼ばれて頭を撫でられていると、どうしてか安心できた。 しばらくそうしていると痛みもだんだんひいて、雛森はほう、と安堵の息を漏らした。 そして、今の状況を理解するまで、数秒。 「ひ、す、すいません!あの、何だか頭が痛くて、その…」 勝手に隊舎に来て、勝手に泣き始めて、随分と迷惑をかけてしまった。雛森はぺこぺこと頭を下げ、謝った。日番谷は、安堵のようなため息をひとつ。 「もう大丈夫そうだな」 「あ、はい…」 日番谷はよかった、と言って少し顔を緩めた。安心したというように、目を細める。 その姿に、雛森は違和感を覚えた。 自分とこの人はこの前挨拶をしたのが初対面だった。それなのに、どうしてこんなに優しいのだろう。放っておくとか、追い出されるとか、それくらいされてもおかしくないのに。 彼はそんなことは気にしていないようだった。 (優しい人、なのかな) 「なにかあったのか?」 「いえ…あの、もう平気です!ありがとうございました!」 最後にもう一度、頭を思い切り下げてから、雛森は自分の隊舎へ向かって逃げ帰った。部屋の主はいない、一通の手紙だけが残された部屋へ。 やさしいひと。 |