「暑い…」 じっとりと湿った空気に嫌気が差し、ルキアは本日何度目かになるため息をついた。 暑さは苦手なようで、一護のベットの上でぐったりとなっている。 「しかたねえだろ、夏なんだから。もっと暑くなんだぞ」 夏。 初夏の爽やかさなんてどこにもない。 上昇した部屋の温度は下がる気配はなく、だんだん思考もぼんやりしてくる。 その辺の雑誌で自分の顔を扇いでみるが、生温い空気しか運んでこない。 彼女はもう言葉を返す気力もないらしく、うう…とぼやきながら寝返りを打った。 「そろそろ昼メシにすっか?」 「…食べたくない」 「そーかよ」 ベットを見ると彼女は仰向けになり目を瞑っていた。 暑さに慣れようとでもしているのだろうか。 手を組み目を瞑るその仕草は、何かに祈っているようにも見えた。 「…一護」 「なんだよ」 不意に、彼女が目を開ける。首だけを動かした彼女と目が合った。 おめでとう、と彼女の口が動いた。何のことかわからず、一護は首を傾げる。 「誕生日、なのだろう。何か祝ってやろうか」 そういえばそうだったな、と思い出した。もともと誕生日など気にするほうではない。 今日は四人でホールのケーキを食べるはめになるのだろう、そう思うと少し憂鬱になった。 高校生にもなって誕生会のようなことをするのは、きっとこの家だけだろう。 「別に…てか、よく知ってたな」 教えたことがあっただろうか、と鈍い頭を働かせてみるが、わからない。 いつも戦いのことや虚のことで、誕生日についてなんて話したことがなかった気がする。 疑問に思い口にすると、ルキアは「妹達だ」と言った。 「先日話しているのが聞こえたのだ」 「あー、それでか。騒がしいもんなあいつら」 「よいではないか、祝ってもらえて」 ありがたく思え、そういった彼女の顔はなんだか淋しそうだった。 「…あっちって誕生日とかねえの?」 「ある。だが流魂街にいるものにとっては、大した意味はないさ」 本当かどうかも確かではないしな。 そう続けた彼女の大きな目は伏せられていて、やはりどこか淋しそうだった。 「お前の誕生日って、いつだっけ?」 「…1月、14日だ」 彼女は噛み締めるように呟いた。自分とは正反対の、寒い冬の日。 ルキアが何をおもっているのか、一護にはわからなかった。 どう返事をすればよいかもわからず、ただ「そうか」と相槌を打った。 蒸し暑い部屋を沈黙が包んだ。その沈黙を破ったのは蝉の鳴く声だった。 いつもは煩わしいと感じるその音が、今は大して気にならない。 「考えておけよ!…いつまでいられるのか分からないのだから」 にやりと偉そうに笑って、最後は視線をそらして。 そこまで言った後、ルキアはまた天井を見上げるように首を動かした。 目を瞑り、何かに祈るように。かたく手を握った。 いつまでいられるか分からない。 確かに霊力が回復すれば、彼女は自分の記憶を消してもとの場所に返るのだろう。 仕方がないことだとはわかっている。 だが今まで記憶を消されてきた奴のことを思い出してそれはいやだと思った。 全て忘れ、まったく違うことをその記憶の代わりにされる。 ルキアは目を閉じたまま。 ただ横になっているだけなのだけれど、今すぐに消えてしまいそうな儚さがあった。 線の細い体は頼りなくベットに投げ出されている。 「ルキア」 「…なんだ?」 「別に、ものとかはいらねえから、だから…」 「だからなんだ、早く言え」 彼女らしくなかった。わざわざ誕生日を祝うことも、何がいいか聞くということも。 一緒にいる彼女はいつも傲慢で偉そうで、けれどそれがどこか高貴なもののように感じていた。 暑さを訴え動かない今の少女は、どこか幼い子供のようだ。 「…来年まで覚えてろよ」 祝うことも、しなくていいから。来年もこうして隣に。 一生を共にしたいとか愛しているとか、そんなんじゃない。 ただ、別れるのは、離れてしまうのは、早すぎると思う。 ルキアはこちらを見ようとはしなかった。 組んでいた手を、今度は陽を遮るように目の上にのせた。 「…それは」 無理だ、とは言わず言葉を濁した。 腕で覆われてしまって彼女の表情は見えない。 迷惑をかけてそのまま離れることを躊躇って、引き止められることに戸惑って。 それでも最後には手を離すに違いない。 「そしたら、お前の誕生日には好きなもんいくらでもやるよ」 すぐに消えていってしまいそうな少女を、どうにかして繋ぎとめておきたい。 その言葉で、ばっと彼女は唐突に身を起こした。 それは本当か、と目を輝かせている彼女には、もう先ほどのような儚げな空気はない。 「よし、忘れるなよ!」 「…お前もな」 「忘れないよ」 忘れない。 最後のその言葉だけはやけに力がこもっていて、それが不自然だった。 一瞬だけ目を伏せたが、すぐに彼女はまた笑った。 軽い口約束。それでも今だけはそれが守られるものであると信じて。 でも、きっと次の誕生日に彼女はいなくて。約束をしたことはもちろん彼女がいたことすら覚えて居ないに違いない。 一緒にいる間のこの些細なやりとりも、きっと全て。 「約束、だぞ」 確認するような彼女の声。 何が欲しい、何をしたい、と今から気の早い台詞。 随分とやさしいうそだと、自嘲するように笑った。 |