「…ッ」


痛みを堪え、じっと耐える。いつも一緒の弓親は今日は一日書類整備をしているはずだった。 一人でも大丈夫…というか戦う時はどうせ一対一なのだから、弓親の不在も何も関係がない。 ただ連絡するものがおらず、壁に身を預け他の隊員が通るのを待つしかなかった。

(…ツイてねえなあ、)


荒い息を整える。傷は先ほどまた開いてきて、血がとろとろと流れ出す。 いつも持参している薬はもう使い果たした。周りの地面は赤に染まっている。 まあ死ぬことはないだろう、そう思ってぼんやりと空を見上げていたとき、あ…と息を呑む声が聞こえた。

やっと誰かきたか。自分の怪我で人に頼るのは嫌だが、まあこの状況では仕方がない。 のろのろと首を動かして気配の方を見ると、そこには予想していなかった人物が立っていた。 その辺の下っ端…そう思ったのだが、そうではなかった。無表情を崩さずにこちらを見ているのは、十二番隊副隊長…涅ネムだった。 いつも彼女の前を偉そうに踏ん反り返って歩いている隊長は見当たらない。

「…大丈夫ですか?」

ネムは躊躇うことなく近づき、傷口に触れてきた。 痛みに思わず顔を顰めると、すみません、と小さな声が聞こえた。 気丈な女だ、と思った。傷口は深くはないが、やたらと血が流れていた。 この状況を直視できる女はそういないだろう。死神という職業からか、もともとの性分か。

自分の手が血に塗れるのも構わず、ネムは一角の怪我の様子を確かめていた。 数秒、目を瞬かせて何か考えた後、傷口に手をかざし小さく呟く。 あまり得意ではなかったが、それが治癒の鬼道だということはわかった。 詠唱が終わった後、傷口は塞がっていた。うっすらと痕は残っていたが、血はすっかり止まった。

「…どーも」

礼を言うと、ネムはそれには答えず立てますかと聞いた。もう痛みはほとんど感じなかったので、軽く頷いてから立ち上がった。 自分でほかに以上がないか確かめる。


「……歩けますか」


一応四番隊へ行って治療を受けた方がいいと思います、そう言われ、顔を上げ彼女を見る。 初めてじっくりと見る彼女の顔は、思ったよりも整っていて。無表情で背筋を伸ばしたままの姿が、人形のようだと思った。



"涅マユリの最高傑作"

そういえばいつだか、弓親がこの女を褒めていたことがあった。爪を噛みながら悔しそうに言っていたのを、覚えている。 あいつにとっての判断基準は"美しいかどうか"なので、造られたというのも関係がないようだった。

こうして近くで見てみると、弓親の気持ちが少しわかった気がした。 作られたものであっても、滑らかな黒髪や白磁のような肌は普通のものとかわらない。 それでも無表情で感情を表に出さないそれは、やはり人形のようだ。


黙って立っていたネムだが、みつめられていることに気づき不思議そうな顔をした。 不快には感じていないようで、わずかに首を傾げただけである。

「…どうかしましたか?」

「あ、いえ。なんでもないっス」

彼女はそれ以上問おうとはしなかった。見られたことにも自分の考えていることも、興味がないようだった。 あの、ととにかく会話を続けようと口をあけた瞬間、聞き覚えのある声が響いた。


「ネム!」


一角は思わず不快感を顔に表すが、相手はこちらを見ていない。見ていたのは、自分の娘だけだった。 ネムは一瞬目を見開いて、すぐに申し訳ありませんと謝った。 失礼します、と一角に向かって言ってから、急いで自分の父親に向かって行った。

「ネム、何をやっているんだネ!のろのろしてるんじゃないヨ!」

そう言って、マユリはネムの頬を躊躇うことなく叩いた。乾いたいい音がして、思わず顔を顰める。 どうやら使いの途中だったらしく、マユリはネムが遅かったので探しに来たらしい。 ネムは何も言い訳をせず、怒鳴り続けるマユリに俯いて申し訳ありませんと繰り返していた。

俯いた表情からは何も窺えない。でも、血に濡れたままの手が僅かに震えている気がした。 きっと自分の手当てをさせていたせいだと、罪悪感を感じる。

「ったく、もういい。早く行くヨ」

彼女が俯いていた顔を上げた。背を向けさっさと歩き出した自分の父親を、小走りで追いかける。 その顔が、ほんの少しだけ嬉しそうにしていた。どうしてなのか、なんて自分にはわからないけれど、あれがあの二人の関係なのだ。 きっと、ネムにしかわからないマユリへの感情があるにちがいない。

ただ、笑っていられることが凄いと思った。逃げ出さず壊れず、見返りなど求めない。



特に何か感動したわけでも同情したわけでもない。 彼女は何もしなかった、自分にとって当たり前のことをして、反論も言い訳もしなかった。

特別なことじゃなかった。それでもなぜか。


彼女の白い手は自分の血で濡れ、一層白さを際立たせていた。
頬は腫れ口の端は血が滲んでいて、痛々しかった。

なぜかはわからない。
その笑顔を、綺麗だと感じた。



「…強ぇ女」


ぽつりと呟いてから、体を引き摺るようにして十一番隊の隊舎へと向かった。








1000hitのちささんからのリクです!すいません、かなり遅くなってしまって…。
角ネムで出会い…でしたよね?えー、リクに添えてないですが;
愛だけはたっぷり鬱陶しいぐらいにこもってますので、よろしければ受け取ってやって下さい(笑)