「…でね、それで吉良くんと、付き合うことになったんだ」 「…は?」 「今日、告白されたの」 雛森はいつものようにへらへら笑って、それから照れくさそうに俯いた。 傍にあったクッションを抱きしめ、顔を隠す。 「お前、あいつのこと好きだったのか?」 一緒にいるところは何度か一緒に見たことがある。 雛森と話すときは真っ赤になってがちがちで、わかりやすい奴だった。 こいつ、そいつのことはただの友達としか思ってなさそうだったのに。問いかけると、 雛森はちょっとだけ顔を上げて困ったように笑った。 「…よくわかんないけど、いい人、だし」 いい人なら誰でもいいのかよ、そう思ったけど口にはしなかった。 「…まあ、良かったじゃん」 誰と付き合おうが関係ない、というほど無関心ではない。 もし相手が酷い奴なら、雛森がなんと言おうとどうにかして別れさせる。 でも記憶に残っているそいつは本当に雛森のことが好きなようだったから、無害だろう、と放っておくことにした。 雛森はクッションに顔を埋めたままなので、表情が読み取れない。 けれど黒い髪から覗く耳は真っ赤になっていて、相変わらずわかりやすい奴だと思った。 可愛い、とも思う。だけど付き合いたいとか、そういうのとは違う。ずっと一緒だったし、妹、みたいなものだ。きっと。 「…なんかあったら言えよ」 「日番谷くーん!」 吉良と付き合うことになってからも、雛森はよく日番谷の家に遊びに来ていた。 にこにこと楽しそうに笑う雛森は相変わらずだ。いやいやお前、あいつと付き合ってんだろ。 いいのかよ他の男の家に上がりこんで。 そのことを尋ねると、日番谷くんだもん!と素直に喜べない言葉がいつもの笑顔と共に返ってきた。ちょっとだけ吉良に同情する。 「まあ、別にいいけどよ…」 今のままで、かわらないなら、それで。 何気なく窓の外を見ていたとき、不意に見覚えのある人物が視界に入った。 あ、と思わず声を出すと、雛森は読んでいた本から顔をあげ、日番谷の方を向いた。 「どうしたのー?」 「別に」 そう、と雛森はあっさり引き下がった。また本に視線を戻す。 日番谷のベットを占領したまま、雛森は読書に夢中になっている。 無造作に積み重ねられた本を、横目でちらりと見る。 それらは日番谷のものではなくて、生前は父親の書斎にあったもの。父親がいなくなったあと、なぜかこの部屋に運ばれた。 もう一度、窓の外を見る。細身で長身(身長だけはちょっと羨ましい)の彼は、夕焼けと同じくらい顔を真っ赤にして歩いていた。 雛森の家の前まで来て、通り過ぎて。少し進んでから、また戻ってきて。 おそらく連絡をせずにいきなりきたのだろう(約束があるなら、雛森は此処にいない。 約束は、ちゃんと守る奴だから)、どうしようかと右往左往している様は、ちょっと、いやかなり、怪しかった。 「恥ずかしいやつ…」 用事があるならさっさと入ればいいのに。入れないならあきらめて帰ればいいのに。 雛森が出てこないか、気づいて声をかけてくれないか、まっているのだろうか。 昔、雛森が読んでいた少女マンガを思い出した。主人公が付き合い始めた相手が、いきなり家を訪ねてくる。 確か、そいつは家に入れずうろうろして(まさに今のあいつだ)、そのうちに主人公が気づいて、家からでてきて。 急に会いたくなって、なんて恥ずかしいことを言っていたような気がする。 「雛森」 「んー?」 不審者に近い状態のあいつのことを教えてやろうと思ったのだが、言葉が出てこなかった。 彼氏が会いにきてるぞ、とか言えばいいのか。きっと雛森は、その行動が理解できないに違いない。 どうしたの、さっきあったばっかりなのに。真顔で首を傾げる雛森と、困ったように笑うあいつの顔が簡単に想像できる。 「…なんでもない」 そのまま、カーテンを閉めた。遮光性の高い、厚くしっかりとした木地のカーテン。 光を遮断された部屋は、途端に暗くなる。立ち上がって手探りで部屋の電気をつけると、目の前に雛森の不思議そうな顔があった。 「急にどうしたの?」 「…本が傷むから」 とっさに口から出た言い訳だったが、本が日に焼けてしまうのは事実なので、雛森は疑うことなくすぐに納得した。 日番谷くんそういうの気にするもんねーと笑って、蛍光灯の下でまた本を読み始めた。 すっかり陽が落ちて、辺りが薄暗くなってきたころ。あ、そろそろ帰るね、そう言って雛森は本を棚に戻した。 自分の家では読まず、またここにきて読むのだろう。別に、咎めもしなかった。 「気つけて帰れよ」 「あはは、目の前なのに」 「一応、な」 雛森が靴を履いているうちにドアを開ける。あれから数時間もたっているのだから当たり前だが、あいつはいなかった。 (会わせたくないとか行ってほしくないとか、そういうものではないはずで) またね、という言葉は、当たり前のように。それに気まぐれで返事を返すと、雛森は嬉しそうに笑った。 へんな日番谷くん、と失礼なことをいいながら帰っていく。振り返って何度も手を振る動作は、やっぱり幼かった。 (変化を怖れたある日のこと) |