細い。


日番谷がすやすやと気持ち良さそうに寝ているのを見て、雛森は呟いた。 黒い死覇装から覗く手足は、子供のものらしく華奢で、少し脆い印象がある。 この腕であの大きい(日番谷の身長に対してだが) 斬魄刀をかるがると振り回しているのだからたいしたものだ、といつも思っていた。

乱菊は書類を届けると言って(多分それはサボるための口実)、他の隊舎に嬉々として出かけた。 徹夜が連続して疲れているらしく、日番谷はぐったりした声で三十分だけ、と言ってソファーの上で横になった。 たまに身じろぎをするだけで後は動く気配がないので、もう眠ってしまっているのだと思う。 穏やかな寝息が、微かに聞こえてくる。日番谷の寝顔はとても可愛らしく、飽きることなく幼くあどけない顔を見ていた。


「…好き、だよ」

呟いた言葉はほんの気休めだった。伝わらないことを願って、ただ自己満足のためだけに口にする。 想いを閉じ込めて"幼馴染み"として接するのは、なかなか大変だった。 こうして眠っている彼に囁くだけでも、少し楽になるような気がした。

目を覚さますという心配は必要なかった。 雛森がいるときだけは、日番谷の眠りはとてもとても深かったから。 普段は物音がするとすぐに目を覚ましてしまう日番谷だが (だから寝不足のときが多い)、雛森が傍にいればちょっとやそっとじゃ起きない。 それはなにより嬉しいことで、雛森は穏やかな寝顔に柔らかく微笑んだ。

身体の上に乗っていた手を軽く引くと、重力に従いずるっと滑り落ちた。やっぱり細い。 肘の辺りから手首まで、滑らかな肌に指を滑らせてみる。途中で違和感を感じた。 目を凝らしてよく見ると、傷がひとつだけあることに気づいた。刀傷。

刀傷は治るのが早いらしいが、跡は残ってしまう。 細く綺麗な腕にひとつだけ残っているその傷がなんだか気に入らなくて、どうにかして消せないものかと思い。 雛森は腕にうっすら赤くひかれた、ちょっと見ただけでは気づかないような線を、ゆっくりゆっくり撫で続けた。これも気休め。

普通に流魂街で生活していれば、こんな傷はつかなかったのに。 日番谷が怪我をしたり、辛そうだったりすると、いつもそう思ってしまう。こちらに来なければ。あっちで過ごしていれば。 左腕に刀傷がひとつ、確認できたのはそれだけだった。 自分の手の届かないところで、日番谷が、傷ついている。怖い、悲しい、淋しい。 けれど"幼馴染み"という立場で何処まで踏み込んでいいのか分からないので、中途半端に心配するしか出来ない。


もし、いなくなってしまったら。

彼が強いことはよくわかっているつもりだった。先に帰ってこれなくなるのは自分の方かもしれない。でも、彼の細い腕や脚を見るたび、 体にできた様々な傷を見るたび、不吉なことを考えてしまう。

知らないところで、知らない場所で。居なくなったまま二度と帰ってこない。雛森にとってそれはなにより恐ろしいことだった。 隣に彼がいなくなってしまうのでは、今までなんのために幼馴染みをやってきたのかわからない。 気まずくならないよう、必死に我慢してきたのだから。

「ごめんね、連れてきちゃって」

自分が死神になるといわなかったら、日番谷もこの道を選ばなかったかもしれない。 死神になるんじゃなかった、と思ってしまうことは何度もあった。 綺麗なものばかりではなく、護れるものには限りがあった。 かわってしまったもの、喪ってしまったもの、そんなのは数え切れないほど。 日番谷にも同じ想いをさせてしまっているのかと思うと、胸が痛くなった。でも。



「でも、日番谷くんがいなきゃ嫌なんだよ」

今はそれだけが全て。

追いかけて来てくれて、安心した。護られる立場になってしまったのは嫌だったけれど、それでも嬉しかった。 出来るだけ、近くにいたい。 だらんとぶら下がったままになっている手を握りしめた。あと少しだけ。 目が覚めるそのときまでは、独り占めできる。

だんだん目蓋が重くなってきて、日番谷の手を繋いだまま、雛森は目を閉じた。せっかく久しぶりに会えたのに勿体無い、 そう思いながらも思考が鈍っていくのをどうすることもできない。日番谷と居ると、どうしてか眠くなる。 平穏だった流魂街のことを思い出すからか、それともただ安心できるからか。

薄く目を開いて、一方的に繋いだままの手を見た。
傷跡に軽く唇を当てる、触れるだけの接吻。


好き、も、愛してる、も、いらない。彼からそんなことは望まないので。ただ、こうして傍に居られれば、それだけで良いから。 だから、どうか、


「…ねえ」

知らなくていいから。
応えなくていいから。

「好き、だよ」

遠くに行かないで。此処にいて。










リピートエンドレス

(いつまでもいつまでも)





















水樹さんへ。

すいません遅くなりました…!(汗
相互のお礼と、七周年おめでとうございますの気持ちを込めて。